SHIINBLOG

ウィリスの宇宙交信記

超絶怒涛のスーパーミラクル雑記ブログ

良い大学行けという宗教

【スポンサードリンク】

f:id:uxirisu:20170409230408p:plain

 

俺は今大学生だけど、つくづく思うわ

「高校の頃は洗脳されとった」

 

地方の自称進学校

f:id:uxirisu:20170409230418j:plain

俺が通っていた学校はよくある地方の「自称進学校」

 

どこにでもあるよな

「進学校」って

 

おそらく、国立大進学者が数人出れば進学校って言うんやろ。。。

これは地方に多くて、どこにでもある

 

俺はその類の高校に通って、後に大学に進学した

そして今思うこととか。。。

 

 

 

いい大学へ行け

f:id:uxirisu:20170409230402j:plain

俺が高校で教わったのは「良い大学に行った方が良い」ってこと

 

いろんな方面から、良い大学に行けば良いっていう思考の偏りを持ちかけられたわ

 

親からはもちろん、親戚からも、先生、近所、友人

テレビ、塾、し○けんゼミ

 

そうするうちに、何も迷わず、良い大学に行きたくなった

それが良いことで常識なんやって

 

 

怖いのは

今振り返ると、他の生徒もみんな「良い大学に行くと良い」って思ってたんやろうな

その集団的なもんが怖かった

 

 

「受験は団体戦」

先生はよくこう言ってたけど、みんなそれを実践していく形になったわ

 

みんなで勉強を教えあうのはもちろん

競い合いもした

競い合い?なんか違うかも

 

「私、〇〇と〇〇の大学のオープンキャンパス行ってきた」

「毎日15時間勉強してる」

「毎朝、1時間目の前に30分英語でハリーポッター読んでる」

 

要するに、お互いに不安にさせ合うんや

 

友達が進んだことしてる自分は遅れとんのちゃうかとか

このままいったら置いていかれてまうとか

 

俺はこういう友達の進んだ話を聞くと、不安になる

 

そして俺ももっと勉強することになる

 

これが先生の言ってた「受験は団体戦」なんやろ

って、自分なりに消化したわ

 

たぶん、先生的には違う意味かもしれんけど。。。

 

 

 

実際問題

f:id:uxirisu:20170410193025j:plain

「受験は団体戦」はメリットもデメリットもあったわけやな

 

みんなを支え合うのと、不安にさせ合うことでそれぞれ前に進めたわけや

 

みんな同じ方向に加速していけるから、

これはメリットやろう

 

 

ただ、みんな同じ方向しか見えなくなるんはデメリットちゃうか

 

俺は大学に入ってようやく違う方向が見えたから、高校のころは一種の洗脳だったと感じるわけや

もちろん、高校はめっちゃ楽しかったで

今は哲学的な、夜眠れない時に布団の中で考えるようなことやから。。。

 

 

集団から抜け出したあと

つまり大学生になった時、先輩や友人、教授、後輩、バイト先の社員さん、バイト仲間、いろんな種類の人と関わることになってん

 

その時に、それぞれからいろんな将来の話を聞くわけ

 

「将来は実家の家業を継ぐ」

「バイト先にそのまま就職する」

「結婚して幸せな家庭を持ちたい」

 

みんなやりたいことあるやん

そんでそれって良い大学来る意味あったん?

 

俺は物理学科に所属しとるけど、

将来、物理を使うことになりそうな人は2%くらい

 

ほかの98%の人はどうして大学で専門知識を学びにきたん?

ここで結構、綺麗ごとというかお手本のような回答を思いつく人が多い

 

「自分の世界を広げるため」

「物理が好きで大学で勉強したいと思ったから」

 

 

うん。

たぶん、これも本音なんやろうけど

他にも理由隠してない?

 

俺にじゃなく、みんな自分自身に

 

 

 

俺が大学に進学した理由の一つは

「高校の頃、集団的な思考の方向性の一致に所属してたから」

 

難しく言ったけど、簡単に言えば「良い大学に行くと良いっていう洗脳を受けたから」ってことや

 

高校の頃、周りの友人はみんな大学へ行き、

先生も「お前の成績なら〇〇大学へ行ける。もったいない」

親も「学歴は大事」っていう

 

よく考えたらこの二つの理由も理由になってないんよな

「もったいないから」「大事だから」は理由として不適切、不十分や

 

そんなこんなで、俺は「どこかの大学に行かなきゃ」って心の何処かで思ってたんやろうな

そのあとに「大学のどの専門にしよう、得意な物理にしよう」

こう言う理由の順序だったはずや

 

要するに、高校で思考の方向性を一致させられとったわけやな

あの閉鎖的な田舎で

 

別に悪いとかいうわけじゃないけど、俺はそこに怖さ、不気味さを感じたんや

 

まとめる

高校で思考の方向性を一致させられた俺は別に迷いもなくそのまま大学に入学した

 

けど、全然大学楽しいし、就職も有利やし、サークルも楽しいし、物理も楽しい

唯一嫌なんは、奨学金っていう借金が1080万あることぐらいや

 

 

 

みんなは洗脳(集団的な思考の方向性の一致)に気づいてはいるんかな

 

知っててわざとのっかってたんかな

 

乗っかるのもいいやろう

思考の方向性の一致は恩恵も受けられるし、ちょっと周りが見えなくなるけど

それでも、一般的に同じ集団の人から社会的に認められる人生を歩める

 

 

俺は自分に子供ができたらそれに乗せてもいいと思う

 

ただ、自分が集団に入っていることは気づきにくくて、

思考の方向性が一致させられてて、

ある意味 宗教なんじゃないかって、思う

 

ただ、こんな感じのもんは世の中に溢れとる

 

思考の方向性を一致させられてることで

「これは当たり前だから」っていう理由になってない理由で動く

みんながそう動くから 自分も不安になってそう動く

そんな場面がみられると思うんや

 

文化や習慣もその類やな

 

今までの話をまとめると、宗教と高校の頃の集団的な思考の方向性の一致は根本的には同じなんじゃないかって思うんや

結果、良い大学に行けという宗教が見えて来る気がしたんや

 

 

 

関連記事

【まるでライアーゲーム】研究室 配属先をかけて成績で殴り合った話【前編】 

世の中 結局 金なのか 

人は他人のために行動できない という結論に至った話